【感想・評価】『運び屋』レビュー/クリント・イーストウッドとブラッドリー・クーパーが共演

洋画レビュー

クリント・イーストウッド監督・主演のドラマ映画『運び屋』のレビュー。

紹介

運び屋のストーリー

一文無しになってしまった御年90歳のアール。家族にも見放された彼は”ある荷物”を運ぶだけで高額報酬が得られる仕事を紹介され、「運び屋」としての道を歩むことになる。

運び屋の出演者

役者 役名
クリント・イーストウッド アール
ブラッドリー・クーパー コリン
ローレンス・フィッシュバーン 主任特別捜査官
マイケル・ペーニャ トレビノ
ダイアン・ウィースト メアリー

感想

半世紀にも及ぶボタンの掛け違い

一度染み付いた生き様は簡単に消せない。

90歳まで仕事一筋で生きて来た主人公・アールに残されたものは、ボロいトラックとその荷台に収まる程度の家財道具だけ。

  • 「週60時間も車を走らせて、家族を食わせて来たんだぞ」

とアールは言うけれど、家族は仕事一筋のアールに嫌気が差して疎遠になっていた。

アールは自分の役割を”お金を稼ぎ、家族を養う”ことだと思っていたが、家族はアールにATMではなく、父親や夫としての役割を求めており、もっと身近にいて欲しかった。

でも、アールはまだ分からない。

結局、アールにとって家族とのコミュニケーションは未だに”お金を稼ぎ、養うこと”であり、ゆえに運び屋になった後も昔と同じ失敗を繰り返す。

観ている側としてはなんとももどかしい気持ちになるが、アール本人は昔のように”家族の役割を果たせている”と思っているので意外と楽しそうにしており、自信を取り戻していく。

昔のように車を走らせ、モノを運び、あっちこっちで楽しむというように、アールは二度目のチャンスを得ても自分の過ちに気付けずに失敗を重ねていく。

一度染み付いた生き様は簡単に消せないなと。

アールがようやく気づいた頃にはもう残された時間はほとんどなく、妻の許しも得ても失った時間は返って来ず、自分の大きな過ちを痛感する。

(妻がアールを許す下りは、アール側に都合が良すぎる気もしましたが笑)

意外にも、この映画は一人の男の人生を通して家族のあり方や家族の一員としていることの意味を考えさせる作品になっており、ヒューマン・ドラマ的な一作。

ブラッドリー・クーパーとの共演

クリント・イーストウッド監督の『アメリカン・スナイパー』に主演したブラッドリー・クーパーは、この映画ではイーストウッド演じるアールを追うDEA捜査官を演じている。

イーストウッドとクーパーのシーンは、まるでイーストウッドがクーパーに対してエールと教訓を与えているようであり、興味深いシーンになっている。

まとめ

一人の人生を通して家族について描くヒューマン・ドラマの良作。

運び屋という特殊な職業を扱っているものの、映画自体は家族として生きることについて考えさせる内容になっており、味わい深いドラマ映画だった。