【感想・評価】『あしたは最高のはじまり』レビュー

洋画レビュー
原題 Demain Tout Commence
公開日 2016年12月7日
ストーリー 自由気ままに暮らしていたサミュエル。

「ザ・遊び人」という称号に相応しい彼のもとに、”行きずりの女”だったクリスティンが現れる。

彼に「この子はあなたの娘よ」と言い残して姿を消してしまう。

突然、父親となってしまったサミュエル。

彼はクリスティンの後を追い、グロリアと共にロンドンまでやって来るが、彼女の足取りはとあるパブで途絶えてしまい、残されたのは彼と娘だけだった。

仕方なく、彼は偶然出会ったベルニーと一緒にグロリアを育てることに…。

オマール・シー主演のヒューマン・ドラマ『あしたは最高のはじまり』のレビュー

感想

子供を育てるということ

事前情報なしで観た私は、てっきり「シングルファーザーのドタバタ奮闘記」だと思っていたが、実際はもっと深く、親子や家族のあり方を問う社会派な作品だった。

主人公・サミュエルは、ほぼ一文無しで父親となる。

サミュエルは「(崖から飛び降りる)肝試し」から逃げ出すほど怖がりだったが、”娘に不憫な思いをさせない”ために危険なスタントマンの職に就き、安定した生活を確保する。

悪戦苦闘しながら娘グロリアを育てるサミュエルの姿は非常に温かく、子を持った大人の責任や覚悟を受け止め、それらを全うしようとする姿に感動する。

父親の愛情をたっぷりと受けて育った娘グロリアの天真爛漫っぷりも印象に残る。

娘を思ってこその秘密

実はサミュエルはグロリアに本当のことを話していなかった。

“母に捨てられた娘”ではあまりにも不憫だと思った彼は、グロリアに「母は世界中を飛び回る諜報員だから今は会えない」とウソを吐いていた。

これはある種の「時限爆弾」であり、これにより彼は”遅かれ早かれ娘がこの事実に気づく”という恐怖と、”娘は母親の愛情を求めている”という現実の間で板挟みになる。

サミュエルの底抜けの明るさは苦悩の裏返しでもある。

親子のやり取りは微笑ましくもあり、「こうした時間も長くは続かない」という現実がずっしりと重くもあり、どの場面も儚くて切ない人生の一コマに見える。

まとめ

家族のあり方と親子の絆を描く一作。

コミカルなドタバタ劇で始まる映画だが、最後は特殊な親子関係を通して「家族のあり方」をシリアスに描くヒューマン・ドラマになっている。