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なぜ、『Splinter Cell Conviction』は面白いのか

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シリーズ6作目にして大胆な刷新を図った『Splinter Cell Conviction』。これまでのシリーズの伝統を打ち破り、独自の進化を遂げたこの作品はシリーズ未経験者には概ね受け入れられた一方で、シリーズファンからは批判的な声も聞かれる一作となった。

従来の敵の目を欺くために暗闇を進む作風から、暗闇を利用して敵を倒していく作風への転換は、一作目からの流れを断ち切るものであり、本シリーズに慣れ親しんだ者ほど、その違和感は強かったのではと思う。

私自身は以前投稿した批評で、この作品を「シリーズの異端児ではあるが、一つのステルス系アクションゲームとして見れば及第点の出来」と評した。私はSplinter Cellファンである一方で、「この作品」のファンでもあり、実はシリーズの中でも特にお気に入りだったりする。実際に私は、この作品をXbox 360版やPC版で何周もプレイしており、目を瞑ってでもステージを攻略できるほど遊んでいる。

そこで本稿では、今一度『Splinter Cell Conviction』を解体し、「なぜ、面白いか」を考えてみることにした。


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なぜ、面白いのか

自分の中で出た答えを書いてみる。

“日常に潜む”というスリル

過去作では主人公Samが世界を股にかけ、危険なテロから人々を救うというのがお決まりの展開だった。シリーズ一作目の『Splinter Cell』ではアメリカやグルジアを舞台に戦い、シリーズ四作目の『Splinter Cell Double Agent』では中東や上海を舞台に戦った。

また、物語上一般人が立ち入れない場所での任務が多く、人々の日常生活から離れた所で暗躍していた印象も強くあった。空港の荷物保管所や反政府ゲリラのキャンプなど、特殊な状況下でのミッションが数多く存在した。

しかし、『Splinter Cell Conviction』では、常に人々の日常と隣り合わせの状況での任務が続き、「日常に潜むスリル」が強調されている。猟奇的な内容の前作から一転した『Hitman: Bood Money』でも「日常に潜むスリル」が強調されており、「人々の日常と背中合わせの中で任務を遂行していくこと」自体がスリリングなのだということを示していた。

『Splinter Cell Conviction』では、こうした「日常に潜むスリル」が全面に出されており、それがシリーズの中では特殊なゲーム世界を作り上げていることに一役買っている。

実際に、『Splinter Cell Conviction』の大半のミッションは、Samが一般人に紛れた状況から始まる。序盤のミッション「コビンの屋敷」では、Samが一般人に紛れて屋敷に近づくのだが、この作品ではこうした状況下で任務を遂行することが多い。

既述したように、「壁を一枚隔てた向こう側では観光客が観光を楽しんでいる」事実そのものがスリリングで、これはテロリストや反政府ゲリラを追っていた過去作には無かった感覚であり、これが今作ならではの良さを生んでいる。

また、満を持して導入された群衆に身を隠すステルス要素「ソーシャルステルス2.0」は、アイデア先行で不完全なのは事実。だが、その形だけ残った「群衆」も、マンネリ気味だったシリーズに新たなスリルを与えていることに成功している。

一貫したビジュアルと物語

まず目を見張るのは個性的なビジュアルだろう。カラー・モノクロを切り替えることで、敵からのSamの見え方を表現したり、Samが最後に視認された場所を幻影で表現したりするなど、シリーズの中でも突出したビジュアルでプレイヤーを楽しませてくれる。これらが開発者の独りよがりではなく、しっかりゲームプレイに組み込まれた形になっているのがこの作品の優れている所だ。

また、人物の情報やSamの感情を壁に投影した文字や映像で表現するのも洒落ていて、そのトニー・スコット風の演出は、作品のトーンを泥臭いステルスゲームから、ヨーロッパのアクション映画的な作品へと一変させることに一役買っている。

そうしたビジュアルと、Samの内面を描いた物語も噛み合っている。冷静沈着のSamの感情を、壁に投影した文字や映像で表現する点などは本当に上手いやり方で、「家族を救う」「復讐する」と言った物語も感情移入しやすくて良かった。

誰でもヒーローを演じれる

過去作はトライ・アンド・エラーを繰り返し、その中で攻略法を見つけていく内容だった。また、Samは非力で複数の敵と戦闘になると、一瞬で蜂の巣にされるなど初心者は非常に取っつきにくい作品だった。

しかし、『Splinter Cell Conviction』ではそうした部分を徹底的に見直している。その結果、アクションゲーム色が強くなり、簡単な操作でジャック・バウアーやジェームズ・ボンドのように振る舞える内容になった。例えば、目の前の敵をヒューマンシールドにして、他の敵を倒すような高度な技が、マークした複数の敵を瞬殺できる必殺技の登場のおかげで、誰でも実行できるアクションになり、それ以外の部分でもアクションの半自動化によって、見栄えの良い技を簡単に実行できるようになっているのだ。

こうしたゲームプレイ面の刷新によって、誰でも簡単にそれらしく振る舞えるようになっている。この点も過去作とは一線を画する点であり、誰でもスパイ映画のヒーローを演じれるというのは、この作品の特に優れた点と言える。

これはこれで良いのだ

続編の『Splinter Cell Blacklist』が原点回帰したことで、よりこの作品の特異性が際立つ。この作品は難産の上に生まれたSplinter Cellの腹違いの弟のようであり、過去作と違う点は多々見受けられるが、これまで述べて来たように良い点も多い。

これまでこの作品の「面白さ」を上手く言葉(文章)に出来なかったが、今回頭を捻って書きなぐってみた。これはこれで面白いということを伝えたかった。

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